しかも火災保険未加入だった。
新卒だったある日、会社で一仕事終えて家に帰ったら大家さんがカンカンだった。
母が漏水事故を起こしたという。
聞いてみると、キッチンの水を出しっぱなしにして出かけた上、排水する部分をわざと塞いでいたため、下の階が濡れていないところがないくらい、全て濡れてしまったのだそうだ。
水漏れが止まらないのに気づいて、出せるものは全て出してくださったらしかった。
大家さんから「あんたが母親を躾けておかないから!あんたのせいだ!死んで詫びてくださいよ!そのくらいのことですよ!」と怒鳴られた。
どうしよう、何百万とかかるはずだ、もうダメだ、とその日は泣きながら謝罪し、下の階に菓子折り持って行き、土下座した。空気読めない母が行くとろくなことにならないだろうから、私が行った。
下の階の旦那さんは「こちらの言い値を、あんたら親子に死ぬまで一生払ってもらいますよ!弁護士も既に用意しました。訴訟も起こそうと思えば起こせますよ。即金で200万、あとは800万を分割。これが払えなければ訴訟も辞さない!あんた若くて太ってもないんだから体売ってでも払え!」と怒鳴られた。
最終的にそこの奥さん役息子さんが「やめようよ、かわいそうだよ」と解放してくれた。
翌日会社で上司や先輩方に事の次第を報告し、下の階の惨状を写真で見せ、「下の階の片付けを手伝いたい。急ですみませんが、休みを変えてほしい」と相談した。
みんな仰天していたが、「なんとかできねえかなあ」「弁護士の知り合いいるけどこういうの得意かなあ」「私子の手に負えないだろ」と色々考えてくれた。
その中に、「そこの大家さんを知ってる」という上司がいた。
前職が不動産仲介で、よく私の住むマンションの空室を決めていたので仲良しだったそうだ。
「私子さんに罵倒した大家さんは、実はそこまで力はない。表向きは旦那さんがいろやってるが、奥さんが実権を握ってる。旦那さんはヒステリックであれだけど奥さんは凄いまともなんだよねー」
支店長「おい!その奥さんの電話番号わかるか?俺話すわ」
と言ってくれて、なんと支店長がその場で電話してくれた。
支店長「いやーもうびっくりですよね。下の階も上の階も火災保険未加入って中々ないですよ今どき。私子もとても憔悴してましてね。お気持ちはわかりますが、水漏れ起こしたのはお母さんで、私子じゃないんですよ」
としばらく話して電話を切り、
支店長「○日休みね?俺も片付け手伝いに行くわ。あんな荷物お前一人でどうやって片づけんだよ。あ、あと奥さんがマンションの空き部屋下の階の人に貸していいってよ。ホテル代浮いたな」
他上司「えー!支店長行くんすか!?俺らも休みなんで行きますって!こんな現場なかなか無いし」
ということで、当日は支店の休みのメンバーが集まってくれた。母には
「絶対に失礼をするな」
「一言も喋らなくていい。喋るときはお母さんが謝るときだけ。私から促したら話していい」
と言っておいた。
当初ブチ切れていた大家さんには「保険屋にこういう風に話せば保険が下りるはずです。大丈夫です、経験があるから」と支店長が話してくれた。
大家さんが機嫌よくなり、「この間はこのお嬢さんに酷いこと言ってしまった。子供の頃お母さんによく殴られて、深夜に放り出されてたのをよくみてたのに」とさらっと私の幼少期まで暴露されたがまあいい。
下の階の旦那さんも、いきなり登場した専門知識豊富な支店長達に質問攻めにあい、しどろもどろになっていた。
更に「訴訟もご検討でしたか。まずね、私子に言ったような無茶を許可するなんてどこの弁護士です?当然、これだけフッかけるのも相談済ですよね?変な弁護士ですねえー」
と言うと奥さんのほうが「弁護士は入れてない。無料相談に行っただけ」と認めた。
最終的に
「駄目になったガスコンロ、電気ストーブ、トラブル解決のために早退した奥さんの給与分の代金、修繕後の引越し費用」
だけで済むことになった。数十万だけど、事故の内容に比べたらかなり安い。
そして後日、保険の方も無事おりたらしく、大家さんからホクホク顔で
「お金はなんとかなったよ。これでうまいもんでも食いなさい」
と言われ、一万円を渡された。支店長に聞いたら、母の重過失をうまいことただの過失と捉えられるように言い含め、目論見通り焼け太りになったそうだ。
今思うと、旦那さんの要求はかなり無茶だったが、社会経験ほぼゼロの自分はオロオロしっぱなしだった。支店長や上司がいなかったら本当にどうなってたかわからない。
良い人たちに囲まれているね
感謝して良い縁を本当にだいじにと思うよ
>>851の言う通りだと思う